東京地方裁判所 平成2年(ワ)5101号 判決 1992年2月27日
原告
望月三千子
右訴訟代理人弁護士
塚原英治
同
安原幸彦
被告
エア・インディア
日本における代表者
ケイ・ケイ・グプタ
右訴訟代理人弁護士
西川知雄
同
角山一俊
同
若林弘樹
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一主位的請求
原告と被告との間で、原告が被告の客室乗務員(シニア・チェック・エア・ホステス)の地位にあることを確認する。
二予備的請求
原告と被告との間で、原告が被告の成田営業所においてパブリック・リレーションズ・アシスタントとして勤務する義務のないことを確認する。
第二事案の概要
一本件は、被告の従業員として女子客室乗務員(以下「エア・ホステス」という。)の業務に従事していた原告が、地上職であるパブリック・リレーションズ・アシスタントへの配転を命じられたため、雇用契約上、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意があり、そうでないとしても、配転命令は権利の濫用であるとして、その無効を主張している事案である。
二基礎となる事実関係(以下の事実は、特に証拠を摘示したほかは、当事者間に争いがない。)
1 当事者等
(一) 被告は、インド国営の国際線航空会社であり、ボンベイ、デリー及びカルカッタなどから日本国に乗り入れている。被告は、日本国において、東京、大阪、名古屋、福岡に各支社を、新東京国際空港(以下「成田空港」という。)及び大阪国際空港に各営業所をそれぞれ置いており(以下、成田空港にある営業所を「成田営業所」という。)、成田営業所は、東京支社長の管理のもとに置かれている。
なお、日本人エア・ホステスは、日本国内において採用され、日本国内をベースとして勤務しているもので、かつては被告本社のインフライト・デパートメントの管理下にあったが、本件配転後である平成二年一一月一九日からは、成田営業所に所属し、東京支社長の管理に属することになった(<書証番号略>、原告本人、被告代表者グプタ)。
(二) 原告(昭和一九年一〇月二一日生れ)は、昭和四二年一月一六日、被告との間で雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し、一貫してエア・ホステスとして勤務していた。原告は、昭和四七年にチェック・エア・ホステス、昭和六〇年にシニア・チェック・エア・ホステスにそれぞれ昇格した。
原告は、現在日本客室乗務員で構成するインド航空労働組合の委員長の地位にある(原告本人)。
2 本件採用時の状況
(一) 原告は、四年制大学英文科四年に在学中の昭和四一年一二月、被告が行った日本人エア・ホステスの採用募集に応募して、その試験を受けた。右エア・ホステスの採用条件は、①年齢が一九歳以上二五歳未満の女性であること、②身長に比例した体重であること、③最低学歴が高卒以上であること、④日本語及び英語の読み書き、話しができることなどであった。なお、被告における日本人エア・ホステスの募集は、定期的に毎年行われることはなく、日本人エア・ホステスの人員状況に応じて、不定期に一年又は数年毎に行われている。
そして、原告は、二回の面接試験により、エア・ホステスとしての適性及び英語能力などを審査され、約一〇〇倍の難関をくぐり抜けて、エア・ホステス採用のための試験に合格し、昭和四二年一月一六日、被告のエア・ホステスに採用された(<書証番号略>、原告本人)。
(二) 被告が原告を採用するにあたって交付した「appointment」と題する一九六六年(昭和四一年)一二月七日付けの書面(以下「本件採用通知」という。)には、「in appointing you to the position of Air Hostess with this Corporation」として、原告を被告のエア・ホステスとして採用することが明記されていた(一項)ほか、次のような雇用条件が記載されていた。原告は、これらの雇用条件を承諾して本件雇用契約を締結した。
(1) 原告は、「搭乗勤務及びground duties(以下「グランド・デューティー」という。)」に従事しなければならない。ただし、必要がある場合には、「posting to outstation(他の基地をベースにして勤務をすること)」を命じられる(七項)。
(2) 原告は、最低、入社時より三〇か月勤務しなければならない(九項)。
(3) 通常、エア・ホステスは、一九歳から三〇歳に達するまでの間雇用される。原告が右の年限を超えた場合、被告は本件雇用関係を終了させる権利を有する(一一項)。
(三) 被告を含む各航空会社においては、新人エア・ホステスは、採用後、エア・ホステスとして必要な特別の教育、訓練を受けて、初めてエア・ホステスとして搭乗勤務に従事する。右訓練では、まず、教室において接客業務の基本、航路、緊急看護法、非常緊急時対処法、出入国手続などの知識を学び、次に、実物大模型を用いた地上訓練により、機内アナウンス、食事サービス、飲食物サービス、調理室の準備作業などのサービス業務から、緊急時の準備及び手順、消火演習などの保安関連業務まで、エア・ホステスとして必要な技量を身につける。そして、以上の訓練の総仕上げとして、訓練期間の最後に実機での編成外乗務訓練を受けて、実際のフライトに乗務員要員として参加し、その中で指導を受けながら、エア・ホステスの業務を身につけることになる。被告も、採用後、インドのボンベイにおいて、四か月間にわたるエア・ホステスとしての所定の訓練を経て、搭乗勤務に就いた(<書証番号略>、原告本人)。
(四) エア・ホステスの業務内容は、多岐にわたるが、その主なものは次のとおりである(<書証番号略>)。
(1) 操縦室の点検 ①操縦室の酸素マスク、イヤホン、マイクの洗浄、②操縦室の掃除、整頓、③航路及び航空時間予定表の備付け。
(2) 客室内での準備 ①各座席の前にあるポケットの掃除、乗物酔い用の袋、緊急時用のパンフレット等の備付け、ファーストクラス及びエグゼクティブクラスの座席への機内誌、機内放送用イヤホンの配付、②各座席のシートベルト、灰皿、テーブル、肘掛け、肘掛け付属の食器置きテーブル、足掛け、頭支えのカバー等の掃除、調整、機能確認等、③全座席の日除け、送風孔、呼出ランプ、読書灯、放送用ボリュウムの点検、調整、④新聞、雑誌等の陳列、配列、⑤エア・ホステス・キット中の薬品、脱脂綿等の取替え、洗面室の歯磨き粉、歯ブラシの取替え、給湯用ポットの湯の入替え等、⑥客室内の絨毯の清潔さの確認、客室内の空気清浄剤の噴霧、⑦機内放送用の音楽サービス装置及び拡声装置の機能確認、洗浄等、⑧乗客の搭乗用ライトの調整、搭乗時用音楽の始動等。
(3) 洗面室関係 ①化粧品、石鹸、櫛、タオル等の用意、②ティシュ・ペーパー、トイレット・ペーパー、便座カバー、タオル、防臭剤等の備付け、③水洗装置、蛇口、ソープ・ディスペンサー、排水設備、鏡面灯の機能確認等、④洗面台、鏡、便座、洗面室内の壁、床の清潔の確認、洗面室内への空気清浄剤の噴霧等。
(4) 一般 ①菓子皿の準備、②パンフレット・ケース、機内用靴下などの配付物の準備、③戸棚、食器棚の整理整頓、④メニューの暗記、変更があった場合の対応等。
(5) 乗客の搭乗及び着席に際して①挨拶、乗客がくつろげるための各種取り計らい等、②子供、子供連れの母親、老人、身障者に対する特別の配慮、酸素マスク、読書灯についての説明、③新聞、雑誌の配付、④おしぼりを勧める、⑤シャンパン、ジュース、菓子等を勧める、⑥乗客に対する渡航書類の配付、⑦閉扉後の機内アナウンス、救命用具の実演、⑧酒類の注文、給仕、⑨シートベルトの装着及び座席の背もたれの位置の確認。
(6) 離陸後飛行中 ①喫煙制限等のアナウンス、②コンパートメントの仕切り閉鎖の確認等、③機内照明の調整、④フライトパーサーの指示による所定の機内サービス、⑤客室内温度に対する留意、⑥毛布、枕、雑誌の提供、⑦乗客の気分、身体的条件に対する配慮、⑧定期的な機内の巡回等。
(7) 着陸前 ①機内放送、照明、音楽の調整、②グラス等の片付け、③コート、預り品の返却、④シートベルトの装着、食器置きテーブルの位置確認、⑤コンパートメントの仕切り開放等、⑥到着の遅延に対する対応等。
(8) 着陸後、機内にて ①機内放送、照明、音楽の調整、②出口扉での乗客見送り、③客室内の点検、忘れ物がある場合の手配等。
(9) 中継地点での点検項目 ①雑誌の片付け、空港で受け取った新聞の備置き、②客室全体、特に座席後部ポケット、灰皿、折りテーブル・肘掛けテーブルの清潔、整頓に対する心掛け、③洗面室全体の清潔、使用可能状態の点検、④トイレタリー用品の補充、⑤新たに搭乗する乗客のためのサービス品、パンフレット・ケースの準備等。
(10) 乗務員交替地点における引継ぎ①雑誌リストの手渡し、不足なトイレタリー用品の報告、②付添いのない未成年者、貴重品、特待客等に対する指示、説明等。
(11) 終着地点における引継ぎ ①エア・ホステス・キットから取り出した物品の返還、②トイレタリー用品のフタの取替え等。
(12) 着陸後、地上にて ①検疫検査所、入国管理所及び税関での手続、②業務完了報告書の署名、回覧物・郵便物の確認等。
(13) 哺乳瓶の用意に際しての留意点①子の親に対する分量等の確認、②哺乳瓶等の殺菌、消毒、③調合、温度確認、④親への返却。
3 本件配転命令に至る経緯等
(一) 定年に関する被告の規定
(1) 一九八二年(昭和五七年)二月現在の被告の本国のエア・インディア・エンプロイーズ・サービス・レギュレーション(以下「サービス・レギュレーション」という。)は、エア・ホステスの定年等に関し、次のとおり定めていた。
① 本規則は、インドの賃金体系に基づいて賃金が支払われる当会社の全従業員に適用される(二条i項)。
② エア・ホステスは、(1)三五歳到達時、(2)勤務後四年以内の結婚、(3)二児出産後の妊娠のいずれかが生じたときに定年となる(四六条i項c号)。
③ エア・ホステスは、医学的に健康である場合に限り、マネージング・ディレクターの選択により、定年後も一〇年間は一年毎に搭乗勤務を延長することができる(四七条)。
(2) 昭和五五年に定められた被告日本支社の就業規則は、従業員の定年等について、次のとおり定めている。
① 本規則は、管理職に位置する者を除き、日本雇いの全従業員に適用される(一条一項)。
② すべての社員は、満五八歳に達した時点をもって定年退職する(一三条本文)。
③ 本規則は、昭和五五年四月一日付けで実施され、それ以前の契約はすべて無効となる(一条三項)。
(二) 被告とインディアン・エアラインに勤務するインド人エア・ホステスらは、一九八八年(昭和六三年)五月二日、インド議会下院に対し、被告とインディアン・エアラインの乗務員に対する男女差別問題に関する請願書を提出した。インド議会下院の請願委員会は、審議の結果、一九八九年(平成元年)五月九日、インド議会下院に対し、エア・ホステスの定年年齢の五五歳までの延長等男女差別是正のための就業規則の見直しが必要である旨の報告書を提出した(<書証番号略>)。
(三) 被告は、かつて、日本人エア・ホステスについてもサービス・レギュレーションの定年に関する規定が適用され、一年毎の延長により四五歳で勤務が終了するとの主張をした。そこで原告は、サービス・レギュレーションに規定されたエア・ホステスの勤務年限である四五歳に達する平成元年一〇月二一日限りで、本件雇用契約を終了させられるおそれがあるとして、同年二月一七日、東京地方裁判所に対し、被告を相手方とし、若年定年制の無効を主張して、エア・ホステスとしての地位確認を求める訴訟を提起した(平成元年(ワ)第一九五三号地位確認請求事件)。
(四) 右訴訟の審理中、被告は、原告に対し、一九八九年(平成元年)九月一一日付けの配転通知により、同年一〇月一六日から成田営業所において「パブリック・リレーションズ・アシスタント」として勤務することを命ずる旨の通知をした(第一回目の配転命令)。これに対し、原告は、東京地方裁判所に対し、被告を相手方として、エア・ホステスとしての地位保全を求める仮処分を申請した(平成元年(ヨ)第二二六六号地位保全仮処分申請事件)。
(五) インド政府は、一九八九年(平成元年)一〇月一六日、「like the male Cabin Crew, airhostesses in Air India and Indian Airlines should also be allowed to searve till the age of 58 years」として、被告及びインディアン・エアラインのエア・ホステスについて、男子の客室乗務員と同様に、五八歳まで勤務することを許容されるべきであるとする決定をし、同日、これを被告に通知した(<書証番号略>)。この決定を受けて、被告は、同月三〇日、原告を同年一一月一日付けでエア・ホステスに再配転することを決定したため、原告は、同年一一月一日、右地位保全仮処分申請事件及び地位確認請求事件を取り下げた。
(六) 被告は、平成二年二月二二日、原告に対し、エア・ホステスの定年は五八歳まで延長されるが、エア・ホステスとしての搭乗勤務は、これまでと同様、四五歳で終了することを通告した。
また、被告は、全エア・ホステスに対し、本件配転命令後の一九九〇年(平成二年)三月二三日付けの回覧状により、①この回覧状の前後に任命されたすべてのエア・ホステスは、五八歳に達した時点で退職する、②エア・ホステスは三五歳まで搭乗勤務を要求されるが、この年齢は、健康であることを条件として(二年毎の健康診断が必要)四五歳まで延長される旨を通知し、更に、同年一一月二日付けの回覧状により、③四五歳で定年退職しなかったエア・ホステスは、適当と思われる地上での事務職が与えられることなどを通知した(<書証番号略>)。
4 本件配転命令
被告は、原告に対し、一九九〇年(平成二年)二月二三日付けの配転通知により、同年三月一五日から成田営業所において「パブリック・リレーションズ・アシスタント」(以下「本件職務」という。)として勤務することを命ずる旨の通知(以下「本件配転命令」という。)をした。これは、原告に対し、エア・ホステスとしての搭乗勤務を解き、搭乗勤務を前提としない地上での勤務に従事することを命じたものである。
5 本件職務の内容
本件職務の内容は、航空機の発着に関連して旅行客の援助、案内を行うことであり、その概要は次のとおりである(<書証番号略>、被告代表者グプタ)。
(一) 重要な乗客(又はその団体)が喫煙席・禁煙席のいずれを利用するか、搭乗券がその区別に応じた座席番号を示しているかを確認すること。
(二) 搭乗に遅れた乗客を機内まで案内すること。
(三) パスポートを必要書類とともに事前に確認し、出入国の手続が円滑に行われるように配慮すること。
(四) チェック・イン・カウンターで乗客、特に要人や得意客を迎え、見送りを行うこと。要人用の特別室を手配し整えたうえで、要人を案内すること。得意客については、チェック・イン後搭乗までのための休憩ラウンジへ案内すること。
(五) 成田で降りる乗客又は他の目的地への接続便利用客が、具合を悪くしていたり、車椅子を必要とする場合、必要な補助を行うこと。接続便利用客の場合であれば、当該乗継航空会社と連絡を取って、乗継ぎ及び手荷物の積載が確実に行われるように取り計らうこと。
(六) 乗客の手荷物の運搬を手伝い、紛失の場合には、必要書類の作成を手伝うこと。
(七) 乗客を税関又は上陸審査所まで案内すること。
(八) 接続便の利用客を接続便航空会社の窓口に案内すること。
(九) 成田空港又はその付属施設に不案内な乗客に対して、東京行きのリムジン・バスの受付け窓口を教えること。
(一〇) 保護者同伴でない未成年客の出発にあたっては、搭乗手続が遺漏なく行われるように配慮し、到着にあたっては出迎えを行うこと。
(一一) インドの天候条件並びにデリー、ボンベイ、カルカッタ、マドラス及びバンコクの各空港のレイアウトやサービスに関連する利用客からの質問に回答すること。利用予定客の電話による質問に回答すること。
(一二) 車椅子の手配など乗客の特別の要望を伝え、又は目的地への到着に関連する情報を入手する必要があるときは、他の空港ヘテレックスを送信すること。
(一三) 成田空港における旅客機の発着が特に遅延した場合に、地上での食事を手配し、出発まで若しくは到着後の乗客用のホテルを予約し、接続の不備があるときは利用便の再予約を行い、乗客の友人、親類に発着の遅延をテレックスで通知すること。
(一四) 日本人旅行客のために、日本語で特別のアナウンスを行うこと。
第三主要な争点及び当事者の主張
(主要な争点)
一本件配転命令が雇用契約違反であるか。
1 本件採用時、原告と被告間で、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立し、本件配転命令時においても、なお本件雇用契約の内容となっていたか。
2 エア・ホステスから本件職務への配転は、職種の変更にあたるか。
二本件配転命令が配転命令権の濫用にあたるか。
1 原告を本件職務に配転することにつき業務上の必要性(本件配転の業務上の必要性及び人選の合理性)があるか。
2 本件配転によって原告が著しい不利益を受けるか。
3 本件配転命令がインド政府によるエア・ホステスとしての定年延長の決定を空洞化することを真の意図とする不当な動機・目的に基づくものであるか。
三右一で、本件配転命令が雇用契約違反にあたり、新たな雇用契約の変更の申入れにあたるとされた場合、右雇用契約の変更の申入れに対し、原告がこれを拒否することが承認拒否権の濫用にあたるか。
四本件配転命令が無効である場合、主位的請求は理論的に成り立つか。(原告の主張の要旨)
一雇用契約違反について
1 本件採用時、原告と被告との間で、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立した。
(一) 採用時の状況
原告は、以下のとおり、被告のエア・ホステスの採用募集に応募し、その試験に合格して、エア・ホステスとして採用されたものである。
(1) 被告のエア・ホステスの募集では、エア・ホステスの募集条件が細かく記載され、職種を明示して募集している。
(2) 被告を含む各航空会社とも、女子客室乗務員(航空会社により、エア・ホステス、スチュワーデス、フライト・アテンダントなどと呼称されている。)については、地上職員とは別の枠で別の試験により採用を行っている。そして、女子客室乗務員の志願者が多いために、その採用試験の競争率は極めて高く、被告のエア・ホステスの採用試験においても、インド本国では二〇〇倍から三〇〇倍、日本国でも一〇〇倍の競争率になる。
(3) 本件採用通知には、原告が被告をエア・ホステスとして採用することが明記されていた。
なお、本件採用通知七項には、原告に要求される業務内容として「グランド・デューティー」との記載があるが、これは、エア・ホステスとしての搭乗勤務を前提とし、地上訓練、広報宣伝活動、エア・ホステス採用及び教官の職務を行うことなど、搭乗勤務に付随する「地上勤務」を意味するものであって、搭乗勤務を前提としない「グランド・ジョブ(地上職勤務)」を含むものではない。また、同項の「posting to outstation」についても、「一時的に会社路線上の他の基地をベースに勤務すること」を意味し、地上職への配転を可能にする意味を持たない。
(二) 採用後の事情
原告は、エア・ホステスとして採用された後、エア・ホステスとしての所定の訓練を経て搭乗勤務に就いてきた。被告における新人エア・ホステスの訓練は、最近では六か月間に及び、三か月間程度のマニュアル及び実物大模型を用いた地上訓練を受けた後、実機で編成外乗務訓練を行い、初めて搭乗勤務に就くことができる。その後も、新型機が導入されると改めて訓練を受けなければならない。
(三) 専門職性
前記のとおり、エア・ホステスは、採用後、厳しい長期の専門訓練を受け、その後も、新機種が導入されると改めて訓練を受ける。また、フランス、イタリアなどでは、客室乗務員について、国家ライセンス制を採用している。日本では特別な資格は要しないが、各航空会社ともに、地上職とは明確に区別されたプロフェッショナルとして、操縦士らと並ぶ専門職として扱われている。その意味で、エア・ホステスは、裁判例において雇用契約上の職種限定が認められたアナウンサーと同様の専門職である。
(四) 職種別定年制の採用
被告は、エア・ホステスについては、インド政府による定年延長の決定に至るまで、職種別定年制を採用していた。この職種別定年制の採用は、本件雇用契約上、原告の職務がエア・ホステスに限定されていたことの証左である。
(五) 配転事例の不存在
被告において、エア・ホステスから地上職へ強制配転された例はない。これまで客室乗務員から地上職に職種を変更した者は若干いるが、うち二名は、地上職に欠員が生じた際、会社の社内募集に任意に応募して会社の面接試験を受け、地上職での採用が決まったものであり、その他は、一旦退職し、その後、被告の地上職募集に社外の人と同様に応募して採用されたものである。以上のとおり、これまでエア・ホステスから他の職種への配転例がなかったことからみても、原告の職種はエア・ホステスに限定されていた。
(六) 配転予定条項の不存在
被告日本支社の就業規則一条一項には、「本就業規則は管理職に位置する者を除き、日本雇いの全従業員に適用される。」と規定され、客室乗務員についての除外規定がないから、原告を含む日本人エア・ホステスについても、被告日本支社の就業規則が適用される。そして、右就業規則中に配転を命じうる権限を定めた規定が存在しないことは、本件雇用契約上、原告の職種をエア・ホステスに限定する合意があったことを示すものである。
2 本件職務は、エア・ホステスのそれとは異なる職種であるから、本件配転はいわゆる職種の変更にあたる。
本件採用通知において、エア・ホステスたる原告に要求されている業務の内容は、「搭乗勤務及びグランド・デューティー」であり、右の「グランド・デューティー」とは、前記のとおり、搭乗勤務に付随する地上勤務を意味するにとどまる。
これに対し、本件職務は、主に地上において、航空機の発着に関連して旅行客の援助を行うものであるから、明らかに右の「グランド・デューティー」の範囲を超えるもので、搭乗勤務を前提としない地上職である。したがって、本件職務は、グランド・デューティー(地上勤務)ではなく、グランド・ジョブ(地上職勤務)であって、エア・ホステスとは明らかに異なる職種である。
3 以上によれば、本件採用時、原告と被告との間で、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意があり、これが本件雇用契約の内容となっていたもので、本件配転命令は、原告の同意を得ることなくエア・ホステスとは異なる職種への配転を命じたものであるから、本件雇用契約の内容に反し無効である。
二配転命令権の濫用について
仮に、本件配転命令が雇用契約違反にあたらないとしても、本件配転命令は、以下の理由から、配転命令権の濫用として無効である。
1 原告を本件職務に配転する業務上の必要性がない。
(一) 本件職務は、業務上の必要性に基づかないものである。本件職務は、本国及び本国外の主要空港(成田空港よりも航空便数が多い。)に置かれているが、日本国内には存在せず、原告のために新たに設けられたものである。そして、本件職務の内容とされているものは、被告の空港長一名及びパッセンジャー・トラフィック部門の職員三名並びに地上業務を委託している株式会社日本航空(以下「日本航空」という。)の地上職員が行っている通常業務であるが、旅客及び手荷物の処理等その大部分の業務は日本航空に業務委託されているから、被告の業務量の増加は、日本航空に業務委託することによって調整することが可能なものである。
また、被告は、原告が本件配転命令を拒否したにもかかわらず、現在に至るまで何らの代替措置を講じていない。パッセンジャー・トラフィック部門の業務を担当していた空港長補佐一名が退職する予定になっていたが、この退職による欠員も補充され、右業務は、本件配転命令当時はもとより、現在においても、四名の職員によって担当されている。
(二) 仮に、成田営業所における地上業務について人員不足という事情があるとしても、以下の諸事情からすると、エア・ホステスたる原告を人選したことは不合理である。
(1) 被告における日本人エア・ホステスは不足している。被告の日本発着便においては、英語ができない日本人旅客のために日本人エア・ホステスが乗務することが必要である。ところが、昭和六一年当時の日本人エア・ホステス一一名のうち経験豊富な四名が退職し、現在乗務している日本人エア・ホステスは七名にすぎない。そのため、日本発着便に日本人エア・ホステスが乗務しない便が発生し、顧客からも苦情が出ている状況にある。したがって、原告を地上職に配転し、更に、日本人エア・ホステスの人員が減少すれば、被告のサービスが低下することは免れない。また、被告は、日本人エア・ホステスの増員を怠り、本件で原告を乗務させない措置をとっているため、日本人エア・ホステスが不足し、その業務が過重になっている。
(2) 地上職員の補充は容易である。外国航空会社においては、欠員が生じた場合には、経験者を中途採用するのが通例であり、今回も右措置は可能である。また、被告東京支社の事務職からの希望による配転も可能である。現に、平成元年一〇月に成田営業所のパッセンジャー・トラフィック部門に補充された者は、営業職ではなく、被告の日比谷営業所において通信部門の職にあった者である。
(3) 本件職務よりもエア・ホステスの業務の方がより重要である。客室サービスは、常に旅客が航空会社を選択する理由の首位にあるのに対し、成田空港における空港サービスは、日本航空がナショナルキャリアーとして各航空会社のエージェントになっているため、画一化・標準化され、各航空会社間であまり違いがない。
また、前記のとおり、本件職務の内容は、地上職員が担当している通常業務である。更に、インド政府関係の要人の出発の際には、大使館員が付き添ってサービスするため、被告の職員が接待する必要はない。したがって、本件職務は、エア・ホステスを配転してまで従事させるような業務ではない。
(4) 原告は、日本人エア・ホステスの中で最高の地位と経験を保持し、重要なフライトのときは特別に乗務を命じられていた。また、保安任務には落ち着きと経験が必要である。したがって、エア・ホステスとして長い経験を有する原告をエア・ホステスから地上職に配転することは、経営上からみても不合理である。
2 本件配転により、原告は、著しい不利益を受ける。
(一) 原告は、本件配転により、外地手当を奪われ、月額にして約五万円の経済上の不利益を受ける。
(二) また、原告は、本件配転により、通勤上、生活上の著しい不利益を受ける。被告から午前七時三〇分までの出勤を命じられたが、東京都杉並区内の自宅から成田営業所までは二時間三〇分から三時間を要するため、成田営業所まで通勤することは不可能であり、かつ、住宅ローンの返済もある現在、成田営業所の通勤圏内に引っ越しをすることもできない。更に、到着便が遅延した場合には、帰宅時間は何時になるかわからず、男性職員のように事務所で仮眠を取ることもできない。これに対し、エア・ホステスは、成田空港に出頭する回数は月二回と少ないうえ、タクシーを利用できる点で地上職員の場合と大きく異なる。更に、地上職員は、通常の場合でも、エア・ホステスより出勤時間が早く帰宅時間が遅いことから、通勤上、生活上の困難は一層増加する。
3 本件配転命令は、インド政府による定年延長の決定を空洞化するという不当な動機・目的に基づくものである。
(一) 本件配転命令の背景事情は、本件配転に至る経緯等(第二の二3)で説示したとおりであった。
(二) そして、インド政府の男女差別等の撤廃の決定内容は、エア・ホステスとしての定年を五八歳とするというものであった。また、被告が原告に対してしたエア・ホステスへの再配転通知にも、エア・ホステスとしての定年は五八歳と記載されていた。
(三) ところが、被告は、全エア・ホステスに対し、一九九〇年(平成二年)三月二三日付け回覧状により、エア・ホステスの定年は五八歳であるが、エア・ホステスとしての搭乗勤務は三五歳までであり、一〇年間の延長が可能であるが、四五歳を過ぎてからは搭乗勤務ができない旨を通知し、更に、同年一一月二日付け回覧状により、三五歳から四五歳までの間に退職の選択をすれば特典を与えるが、退職の選択をしないときは最下級の地上職員として扱う旨を通知した。
これらは、インド政府の前記決定に反するものであり、従来の原告に対する扱いを一方的に不利益に変更する内容のものであった。地上職に配転したうえで五八歳まで雇用するというのでは、エア・ホステスの定年延長ということはできないのである。
(四) 右の諸事情によれば、本件配転命令の真の意図がインド政府による定年延長の決定を空洞化することにあったことは明らかである。
三主位的請求について
1 本件の主位的請求は、原告が客室乗務員として勤務する雇用契約上の地位を有することの確認を求めるものであるが、雇用契約上、職種が特定されている場合には、職種は雇用契約の内容になっているから、特定の職種において勤務する地位は確認訴訟の対象となる。これは配転命令の根拠に関する労働契約説の帰結であり、解決の一回性にも資する。
2 被告は、特定の職種に従事することの確認請求はその職種に就労する権利の存在確認請求と同一であり、労働者には使用者に対する就労請求権はないから、本件の主位的請求は失当であると主張するが、特定の職種に従事することの地位を確認することが直ちに労働者に就労請求権を認めることになるものではないし、また、現実の労働そのものが労働者にとって保護されるべき価値ということができるから、労働者に就労請求権が認められて然るべきである。
3 したがって、主位的請求が認められるべきであるが、仮に、これが認められないとしても、予備的請求が認められる。
(被告の主張の要旨)
一雇用契約違反について
1 本件採用時、原告と被告との間で、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意は成立していない。
(一) 原告が要求される業務の一つとして、本件採用通知七項に記載されている「グランド・デューティー」とは、地上職勤務を意味する。被告においては、地上勤務と地上職勤務との職種区分は存在しないから、グランド・デューティーを搭乗勤務に付随する一時的な地上での勤務と解さなければならない理由はない。
また、本件採用通知にエア・ホステスと明記されているのは、原告の当初の職務の指定であり、被告が配転権を行使するまでの職務として示されたものにすぎない。
したがって、被告は、本件雇用契約上、原告に対し、機上における接客業務のみならず、地上における接客業務をも行うことを命じうる権限を有するから、エア・ホステスから本件職務への配転は、右の条項が予定している範囲内の職務の移動にすぎず、適法な権限行使である。
(二) エア・ホステスの業務内容の非特殊性、非専門性という実質的観点からみても、本件雇用契約上、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意は成立していない。
一般に職種限定が認められるのは、一定の資格、高度の技術を要する職種であって、配転によって、そのような資格、高度の技術が生かされなくなるほどの非代替的な特殊な技術を包含する場合であるが、エア・ホステスは、このような技術、資格のいずれも要求されてはいない。
(1) エア・ホステスの業務内容は、多岐にわたり、快適な航空機利用に必要不可欠のものではあるが、他の業務との間に共通性、代替性のない特殊な専門職とみるべきではない。
エア・ホステスの行う業務は、第二の二2(四)のとおり、操縦室、客室、洗面所の整理・整頓、備品の準備、乗客搭乗前の接客準備、搭乗後の飲食物の準備、機内における種々の接客サービスの提供、着陸前後の乗客の世話、着陸後の機内の整理・整頓などであり、そのほとんどが接客業務とその準備及び後始末である。そして、これらの業務のうちでも、配膳を中心とした接客サービスがエア・ホステスに期待されている本質的業務であり、かつ、実際に長い時間を費やして遂行する業務である。その内容は、ウエイトレスの業務に類似する。
また、エア・ホステスの行う業務の一つである機上における保安関連業務についても、日常業務の中では酸素マスクの確認及びシートベルトの装着確認があるくらいであり、高度の知識、技術を要しないうえ、日常業務の中に占める比重も低い。また、一般的に、保安業務自体は特殊性のおよそない業務であり、空港において接客を行う地上職員も一定の保安業務を行うことを考えると、エア・ホステスの行う保安関連業務は、航空会社の接客要員が通有している一般的な業務でしかない。
(2) エア・ホステスには語学能力及び航空関連の諸知識が要求されるが、これらの能力及び知識は、国際線航空会社において接客業務に従事している者であれば、エア・ホステスに限らず、誰でも備えているものであって、特殊な能力・知識というべきものではない。結局、エア・ホステスの業務の特殊性は、サービス提供場所が航空機内であることにあるが、いかなるサービス業務であってもそれぞれの職場に応じた特殊性があるから、その場所的特殊性を理由としてエア・ホステスの専門職性を根拠づけることはできない。
(3) 被告を含む国際線航空会社の日本人エア・ホステスの採用条件をみても、高卒又は短大卒以上の学歴を要求するにとどまっており、格別に高い条件を設定しているわけではない。これは、エア・ホステスが特に高度の技術・知識・能力を要求される業務ではないことを示している。また、被告における新人エア・ホステスの訓練期間が僅か二か月から三か月間であることからしても、その間に取得することが期待されている技術・知識はさほど高度なものではない。
(三) 原告が被告に採用されるにあたって試験があったこと、被告に採用されて以降一貫してエア・ホステスの業務に就いてきたことをもって、本件雇用契約上、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意があったとみることはできない。
(四) 被告においては、被告の広範な配転命令権に基づいて過去に数多くの従業員が機上職から地上職へと配転されている。
なお、本件配転は、日本人エア・ホステスに対する初の地上職勤務への配転であるが、過去に配転が存在しなかったのは、職種限定の合意が存在していたからではなく、要人及び得意客の地上における接客業務さえも不十分な水準にあることが最近に至ってようやく認識されたこと、日本人エア・ホステスについては、平均して六年から七年程度勤務して早期に退職するのが通例であり、被告においてこれらの者を地上職勤務に配転して活用するという発想がなかったため、配転を行う機会がなかったからにすぎない。
(五) 原告は、被告日本支社の就業規則中に配転予定条項が存在しないことが、日本人エア・ホステスの雇用契約上、職種限定の合意が成立していることの根拠となると主張しているが、そもそも、原告を含む日本人エア・ホステスは、被告日本支社の就業規則の適用を受けるものではない。仮に、被告日本支社の就業規則の適用を受けるとしても、就業規則中に配転予定条項が存在しないことが、直ちに職種限定の根拠となるものでもない。また、配転予定条項の不存在を根拠に配転命令権を否定すれば、被告日本支社の就業規則が適用される従業員について一切配転が出来ないことになるが、現に、被告日本支社内において、これまで少なくない数の配転が行われている。
2 仮に、本件採用時、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立したとしても、エア・ホステスと本件職種とは同一の職種であるから、エア・ホステスから本件職務への変更は、職種の変更にはあたらない。
職種の同一性については、変更後の職務内容と変更前の職務内容及びこれまで受けてきた訓練との関連等を総合して決せられるべきであって、変更後の職務を遂行するにあたって、変更前の職務についての経験や教育を生かすことができ、相互に代替性があると認められる場合には、職種の変更にはあたらないものと考えるべきである。
そして、前記のとおり、エア・ホステスの業務は主として機上における旅客を対象とする接客業務であるのに対し、本件職務の内容は主として航空機の発着に関連して旅行客の援助を行うことであるから、両者の職務は、職務遂行の場所において異なるものの、その本質的内容が旅客を対象とする接客業務であるという点で共通し、相互に人員の代替性もある。
したがって、エア・ホステスから本件職務への変更は、職種の変更にはあたらない。
3 また、本件採用時、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立し、かつ、本件配転が職種の変更にあたるとしても、右職種限定の合意は、もともと期限付のものであって、本件配転命令時には期限の経過により既に失効し、本件雇用契約の内容になっていなかった。
(一) 本件採用通知には、エア・ホステスは「一九歳から三〇歳までの間雇用される。」と記載され、また、本件採用当時においては、国際線エア・ホステスは、勤務時間が短い割に異例の高給を保障され、結婚までの女性の勤めとして、魅力的な存在であったが、永続的な職務としては考えられていなかった。被告における一九六七年(昭和四二年)一月以降入社の日本人エア・ホステスの平均勤続年数は約六年、平均退職年齢は約二八歳である。したがって、原告と被告は、原告のエア・ホステスとしての雇用期間は極めて短期に終了することを前提としたうえで、本件雇用契約を締結したものであり、原告も三〇歳を超えてエア・ホステスとして勤務することを全く予想していなかった。本件採用通知には、原告があまりに早く退職してしまうと被告にとって不都合なことから、最低三〇か月の義務年限を定めているほどであり(九項)、職種限定の合意が成立したとすれば、それは、このような義務年限の定めと不可分の関係にある。
(二) そして、職種の限定は、雇用契約の当事者間の合意の成果であるから、雇用契約の延長の合意の際に職種限定の合意を明確に行わない限り、合意としての職種限定は存在しないものとなる。
本件では、本件雇用契約締結後、被告におけるエア・ホステスとしての勤務年限は、当初の三〇歳から、三五歳、四五歳と漸次延長されたが、少なくとも原告が四五歳に達した後の雇用延長の際には、原告と被告との間で、原告の職種をエア・ホステスに限定する合意は成立していない。
二配転命令権の濫用について
1 原告を本件職務に配転したことは、正当な業務上の必要性に基づくものである。
(一) 以下に述べるとおり、成田営業所に本件職務を新たに設けることについて、業務上の必要性があった。
(1) 近年、海外旅行の普及に伴って、インドへ旅行する日本人の数は増加傾向にあり、最近三年間の被告の成田からの旅客便を利用した旅客数は、昭和六二年四月一日から昭和六三年三月三一日にかけて一万〇〇二七人、昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日にかけて一万一七七三人、平成元年四月一日から平成二年三月三一日にかけて一万五八二二人と、ここ三年間で約1.6倍の伸びをみせている。このような傾向は、今後も持続することが見込まれており、成田空港における旅客業務は、量的に大幅な拡大を遂げることが確実である。
(2) 被告の成田営業所における業務は、現在、空港長(一名)のもと、①パッセンジャー・トラフィック(三名)、②航空貨物を担当するカーゴ・ハンドリング(三名)、③フライト管理部門であるオペレーション(一名)、④機上職関係のケータリング(一名)、⑤機体整備関係のメンテナンス(一名)の各部門が統括されている。そのうち、接客業務を担当している被告の職員は空港長一名とパッセンジャー・トラフィック部門の男性三名のみであり、この僅かな人員をもって、急増傾向にある乗客の接遇、種々の書類の作成及び手荷物の処理などを遅滞なく行うことは、これらの業務が乗客の入出国時に集中的に生ずることも相まって、ほとんど不可能な状況にある。これに、最近の問題として加わってきたテロ対策及び不法入国関連業務が忙しさに拍車をかけている。更に、本件配転命令当時、パッセンジャー部門三名のうち、熟練した職員一名が平成二年一二月三〇日付けで定年退職する予定となっていた。
そこで、被告は、平成元年一〇月から航空貨物担当のカーゴ・ハンドリング部門に派遣される予定であった一名の職員を臨時にパッセンジャー・トラフィック部門に派遣し、同部門の業務停滞の是正に最大限の努力を払っている。しかし、正常な業務運営の観点からすれば、臨時派遣の人員に頼るのは望ましからざる事態であるから、被告としては、パッセンジャー・トラフィック部門に正規の人員を補強したうえで、右臨時派遣の職員はカーゴ・ハンドリング部門に復帰させる方針である。
(3) 被告は、日本航空との間で地上業務取扱契約を締結し、これに基づいて、日本航空から被告の乗客及び手荷物の処理に関する地上業務の一部についての補助及び代行サービスを受けている。その業務委託の対象は、主として、カーゴ・ハンドリング部門及びパッセンジャー・トラフィック部門の職員が行うべき業務であるが、パッセンジャー部門の業務に関する限り、そのほとんどの場合において、日本航空は、被告のパッセンジャー・トラフィック部門の監督下にあって、若しくはその個別の指示に基づいて、機械的な業務を遂行しているにすぎない。被告が現在必要としているのは、物理的に業務を提供する人員だけでなく、かかる業務遂行に関する判断を行い、或いは調整することのできる人員である。また、日本航空に代行してもらえる業務量を増加しようとすれば、地上業務取扱契約の改訂を行わなければならないが、被告の人手不足の解消を図らずに他社からの応援を第一の頼みにすることは、健全な業務運営方針とはいえないうえ、日本航空が被告からの業務量増加の要請に確実に応じてくれる保証もない。
更に、現在、成田空港における地上業務に関して被告が抱えている問題は、量的なものばかりでなく、後記(5)ないし(7)のとおり、質的な側面に関わるものがあり、これらは、問題の性質上他社への業務委託によっては対処できないものである。
(4) このように、本件配転命令当時、被告の成田営業所においては、成田空港における接客業務の量的な拡大に比して、それに対応すべき人員は現状においても全く余裕がないうえ、近い将来においては欠員を生ずる恐れさえあるという状況にあった。したがって、被告においては、同空港における新たな接客要員の確保は急務となっていた。
(5) 更に、被告においては、成田空港における乗客サービスの質的な維持及び向上の課題があった。まず、航空会社が提供するサービスの中で特徴的なものは、その経営及び営業に大きな影響力を持つ要人や得意客に対する特別の接客業務である。他の航空会社においては、要人や得意客に対する特別の接客業務を行う女性の専任職員を擁し、被告もボンベイ、デリー、ロンドン及びニューヨークなどの主要な営業所においてこのような機能を有する部門を設置している。成田営業所においては、これらの要人や得意客に対する特別の接客業務は、パッセンジャー・トラフィック部門が担当すべき職務とされているが、同部門の極端な人手不足のため、極めて不十分な状況にあった。そこで、要人や得意客に対する特別な接客業務を充実させるため、これを専門に担当する接客業務に熟練した職員を配置する必要性が痛感されていた。
(6) また、現在、パッセンジャー・トラフィック部門において接客業務を行っているのは、すべて男性であるが、旅客層の拡充に伴い老人、女性及び子供客が増加している状況に対応するため、女性職員による接客サービスの提供が必要とされていた。他の航空会社でも、接客業務を行う女性職員を擁しているのが通常であり、サービス向上、イメージアップのため女性職員による接客サービスを提供することが急務となっていた。
(7) 他の航空会社の中には、空港に到着した乗客を迎えるのみならず、ホテルまで案内し、出発に際してはホテルの出立から搭乗までの全過程における接遇を行うサービスを提供しているところもある。被告においては、一挙にそのようなサービスを行えないまでも、競争政策上、やがては本件職務の設置を足掛かりにして、要人や得意客のみならず、幅広い乗客を対象とした高い水準の接客サービスの提供を目指している。
(二) 本件職務に充てるべき人材として原告を人選したことは、以下に述べるとおり、合理性があった。
(1) 本件配転は、接客業務の課題を解決するために行われたものであり、被告は、成田営業所におけるパッセンジャー・トラフィック部門の業務の遅滞を改善し、より良い接客業務を提供できる人材として、大きな期待を込めて、原告を本件職務に配転したのである。
原告が長年にわたるエア・ホステスとしての経験により培った接客に関する高度の知識、技能は、本件職務を行う際に十分利用が可能なものであり、また、本件職務は、その職務内容からみて、決して原告の勤労意欲を阻害するような職務ではない。
(2) 本件配転命令当時、経験豊富な熟練した接客要員の退職が迫っているという状況の中で、これによって生じる欠員を埋める者は、サービスの質の維持の観点から、豊富な接客経験をもつ即戦力たりうる従業員でなければならなかった。また、要人や得意客の特別の接待を含む本件職務の内容からしても、現時点で経験豊富な人材である必要があった。
(3) 現在成田営業所に勤務している者の中から、経験・能力の点からみて、本件職務を担当できる職員を選抜することも考えられないわけではないが、同営業所は人員不足でその余裕がないうえ、乗客サービスの課題である女性従業員による接客サービスの提供という観点からすると、男性である同営業所の従業員の中から選抜することは好ましくなかった。また、要人や得意客の特別の接待を含む本件職務の内容からすると、豊富な接客経験が必要とされ、更に、一定水準の英語能力及びインドについての知識を有している者となると、被告東京支社で営業職として勤務している数少ない従業員の中にも適任者はいなかった。
(4) 新卒者の採用及び既存の職員の機動的な活用による人員の拡充及び適正化こそ本来あるべき人事政策であるが、被告は、日本国内の航空会社に比して、新卒者の採用に関して不利な立場に置かれてきただけでなく、会社内部に抱えている職員が少ないことから、時には中途採用により日本人職員の補充を行わざるを得なかった。
新卒者の採用については、成田営業所における接客部門は人員不足であって、現在のところ成田空港における新人教育を行う余裕がないため、新卒者による拡充は不可能であったうえ、本件職務を担当すべき当初の人材は、豊富な接客経験を持つ職員でなければならなかった。
中途採用についても、右のとおり、人材を社外に求めるのは好ましいものではなかったうえ、本件職務に適った能力及び知識を有する人材を直ちに社外において求められる可能性もほとんどなかった。
(5) 深刻な人手不足に悩む地上業務部門と比較した場合、日本人エア・ホステスははるかに人員に余裕があった。日本人エア・ホステスの人数は、過去一〇数年間、八名から九名の水準で推移してきた。現在は七名体制であるが、成田=インド間の航空便のすべてに日本人エア・ホステスを一名搭乗させる体制を敷くことが可能であり、まして、本件配転当時は、原告を除いて八名体制であったから、配転によって全く問題が生じなかった。ちなみに、成田=インド間をそれぞれ結ぶ便を運行しているシンガポール航空及びタイ航空は、右航空便の一部路線につき日本人エア・ホステス不在で運航しているが、この二社と比較すると、被告の対日本人乗客サービスは極めて充実したものになっている。
なお、被告は、平成二年七月に日本人エア・ホステスを八名から一一名に増員したが、これは大阪=インド間のフライトを週二便増加する予定があったため新規採用したものであって、結局、この便は実現せず、増員した三名は余剰人員となったものであり、これをもって日本人エア・ホステスの適正人員とみることはできない。
(6) 機上における接客サービスは重要であるが、地上における要人や得意客を含めた乗客の接遇の重要性についても、同様に十分な考慮を払わなければならない。そして、機上における要人や得意客の世話はインド人エア・ホステスが中心となって行い、日本人エア・ホステスは日本人乗客を中心として接客業務を担当することになる。したがって、原告を地上職へ配転したとしても、他の日本人エア・ホステス及びインド人エア・ホステスで十分にその後を補うことができる。
(7) 以上によれば、被告が本件職務に充てる人材として、自社のエア・ホステスの中から登用し、かつ、その中でも経験豊富な原告を人選したことは、成田営業所における接客業務の改善、増強を行うために被告が現在採りうる最善の策であり、必要かつ合理的な措置であった。
2 本件配転によって、原告は何らの不利益を被っていない。
原告は、本件配転によって、何らの経済上の不利益を被っていない。なお、原告が本件職務に就いた場合、エア・ホステスに支給されていた外地手当が支給されなくなるが、外地手当は、エア・ホステスが外地で滞在するときの必要費用の実費負担的性格を有するものであるから、これを失うことをもって経済上の不利益を被ったということはできない。
また、原告は、エア・ホステスとしても成田営業所に出頭しなければならないのであるから、本件職務の勤務地が成田営業所であることによって、通勤上、生活上、著しく不利益な負担を強制されるものではない。
3 本件配転命令に不当な動機及び目的はない。
(1) 一九八九年(平成元年)一〇月一六日のインド政府発表は、エア・ホステスとして勤務している者の雇用年齢を五八歳に引き上げるというものにとどまり、その具体的内容は明らかにされていなかった。しかし、原告から提起された仮処分申請事件が係属中であるなどの事情を考慮し、取りあえず、原告をエアー・ホステスに再配転するという措置を行った。
(2) その後、被告は、インド政府がエア・ホステスの定年延長により延長された雇用期間について機上職に職種限定を行うものではないと解釈していること及び成田営業所が原告を必要としている状況をも考慮して、原告を再び本件職務に配転することとし、原告に対し、搭乗勤務の打切りを通知したものである。
(3) したがって、インド政府がした定年延長はエア・ホステスとしての定年延長ではないから、そもそも、エア・ホステスとしての定年延長の空洞化などということは問題とはなり得ない。
三承認拒否権の濫用について
仮に、本件配転命令が雇用契約違反であるとした場合、本件配転命令は、被告の原告に対する新たな雇用契約の変更の申入れとなる。
そして、前記二のとおり、本件配転について、業務上の必要性、人選の合理性が認められ、他方、本件配転によって被る原告の不利益の度合は比較的軽微であると認められるから、原告が被告からの雇用契約の変更の申込みを承諾しないのは、承認拒否権の濫用にあたる。
四主位的請求について
原告の主位的請求は、原告がエア・ホステスとして勤務する雇用契約上の地位を有することの確認を求めるものであるが、特定の職種に従事することの地位の確認請求は、その職種に就労する権利の存在確認請求と同一である。そして、労働法上、労働者に労働契約の内容に従った労働義務はあるが、就労請求権(使用者の労働受領義務)というものは存在しないから、原告の主位的請求は理論的に成り立たない。
第四争点に対する判断
一雇用契約違反について
1 雇用契約は、労働者がその労働力の使用を包括的に使用者に委ねるという内容を持つものであるから、使用者は、右の労働力に対する包括的処分権に基づいて、労働者に対し、職種及び勤務場所を特定して配転を命じうるのが原則であるが、労使間において、特に職種又は勤務場所を限定する明示又は黙示の合意が成立し、これが雇用契約の内容になっている場合には、その範囲を超えて配転を行うには、労働者の同意が必要であると解するのが相当である。
そこで、以下において、本件採用時に、原告と被告との間で、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立し、これが本件雇用契約の内容となっていたか否かについて、判断する。
2(一)第二の二2で説示した本件採用時の状況、本件採用通知の記載及び採用後の教育、訓練等の事実によれば、原告は、被告のエア・ホステスの採用募集に応募し、エア・ホステス採用のための試験に合格してエア・ホステスとして採用され、本件採用通知にも、原告をエア・ホステスとして採用することが明記されていたこと、原告は、採用後にエア・ホステスとしての訓練を受けて、実際にもエア・ホステスとして搭乗勤務に従事してきたこと、被告は、エア・ホステスについて、通常よりも相当に低い年齢を定年年齢とする職種別定年制を採用し、本件採用通知にも、最低三〇か月の義務年限を定める一方で、エア・ホステスは一九歳から三〇歳の間雇用される旨を明記していたことが認められるから、これらの事情を総合すれば、本件採用時、原告と被告との間では、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立し、これが本件雇用契約の内容となっていたと認めるのが相当である。
(二) これに対して、被告は、職種限定の合意を争い、本件採用通知七項に原告が要求される業務内容として「グランド・デューティー」との記載があるのは、地上職勤務を意味するものであって、被告は原告に対し、本件雇用契約に基づいて、搭乗勤務のみならず、搭乗勤務を前提としない地上職勤務を命じうる権限を有すると主張する。
確かに、「グランド・デューティー」という言葉には、搭乗勤務を前提としない地上での勤務(これを「地上職勤務」というか「地上勤務」というかは、ここでは関係がない。)を意味するものとして用いる例もないではないようである(第二の二3(五)記載のインド政府の決定を報じた新聞に、「after 45 years of age, the hostesses should be taken off flight duty and put on ground duties」として、エア・ホステスが四五歳を超えた場合には、「搭乗勤務を解いてグランド・デューティーに就かせる」という提案のあったことが記載されているのは、このような意味であると解される。<書証番号略>)。しかしながら、本件雇用契約に即してみる限り、被告は、エア・ホステスについて、三〇歳という通常よりも相当に低い年齢を定年年齢とする職種別定年制を採用し、原告が三〇歳を超えた場合には雇用関係を終了させることができるものとしており、しかも、採用時の原告の年齢が既に二二歳を超えていたことからすれば、被告において、わずか八年足らずの雇用期間内に、原告をエア・ホステスから搭乗勤務を前提としない地上での勤務に配転するための規定を本件採用通知に記載しなければならない必要があったとは考えられない。のみならず、本件採用通知をみてみると、その各条項は、いずれも、一項のエア・ホステスとして採用する旨の記載を受けて、その雇用条件を定めたもので、本件採用通知七項の「必要がある場合には、他の基地をベースに勤務すること」との記載も、エア・ホステスの業務を前提としたものと解されるから、「グランド・デューティー」との本件採用通知七項の記載は、エア・ホステスの業務に従事することを前提としたうえで要求される地上での業務を定めたものであり、具体的には、地上教育訓練、広報宣伝活動、教官職、会議出席等のエア・ホステスの業務に密接に関連した業務を定めたものであって、エア・ホステスとしての搭乗勤務を前提としない地上での勤務は含まれないと解するのが相当である。
したがって、本件採用通知に原告が要求される業務内容として「グランド・デューティー」との記載があるからといって、被告が原告に対して、エア・ホステスとしての搭乗勤務を解きこれを前提としない地上での勤務を命じうることにはならず、被告の前記主張は採用することができない。
(三) また、被告は、エア・ホステスの業務内容の非特殊性、非専門性という実質的観点からみても、本件雇用契約において、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意は成立していないと主張する。
なるほど、第二の二2で説示した事実に基づいて考えてみると、エア・ホステスの採用にあたっては、一定水準の語学能力を要求されるものの、それ以上に特別の公的資格や航空関連の専門的知識等を要求されるものではないし、学歴についても、被告においては高卒以上を要求しているにとどまり、特別に高い学歴を要求していないこと、エア・ホステスに要求される語学能力にしても、その要求される「日本語及び英語の読み書き、話しができる」という水準からして、高度な技術、技能とまではいえないこと、その主たる業務である航空機内における接客業務も、一般的な接客業務とそれほど異なるところはなく、特別の技術、技能を要求されるものでないことなどの事情に照らせば、エア・ホステスの業務は、航空機の客室内という限定された場所における業務としての特殊性を認めることはできるとしても、特殊な技術、技能或いは特別の公的資格によって支えられたものとして、その業務内容自体によって職種限定の合意を基礎づけうるほどの専門職とまでみることはできない。原告が主張するように、エア・ホステスを操縦士或いは裁判例において雇用契約上の職種限定が認められた例のあるアナウンサーと同様の専門職とみることもできない。
しかし、原告が被告に採用された昭和四二年当時には、エア・ホステスは、少なくとも国内的には、女性のいわば花形職業として希少価値が高く、賃金等の雇用条件も比較的に恵まれていて、社会的にも高い評価を受けていたことは、公知の事実であるし、他の雇用条件との関連において職種限定の合意をすることを排除すべき理由はないから、エア・ホステスの業務内容が右程度のものであるからといって、本件採用時に、原告と被告との間で、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立したとの認定を妨げるものではない。
(四) 以上によれば、本件採用時、原告と被告との間では、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立し、これが本件雇用契約の内容となっていたものと認めるのが相当である。
3 次に、本件採用時における職種限定の合意が、その後失効して、本件配転命令時には、既に本件雇用契約の内容になっていなかったかどうかについて、検討する。
(一) 前記2のとおり、本件採用時、原告と被告との間では、原告の職務をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立し、これが本件雇用契約の内容となっていたものと認められる。しかし、そこでもみたように、職種限定の合意が成立したといっても、エア・ホステスの業務内容の特殊性や専門性或いは特別の公的資格によって基礎づけられたものではないし、また、本件雇用契約上、原告はエア・ホステスのみの業務に従事するとか又はエア・ホステス以外の業務に従事することを要しない旨を明記した条項が定められていたわけでもないから、右職種限定の合意は、エア・ホステスについて三〇歳という通常よりも相当に低い年齢を定年年齢とする職種別定年制を採用したこととの関連において成立したもので(職種別定年制の採用が職種限定の合意を基礎づける証左の一つであることは、原告も認めている。)、しかも、黙示的な合意にとどまると解するのが相当である。このことは、本件採用時において、エア・ホステスの定年年齢いかんにかかわらず、すなわち、それが一般従業員の定年年齢と同様であると仮定した場合にも、なお原告の職種をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立したであろうことを認めるべき事情は存在しないこと、前述したエア・ホステスの業務内容の特殊性や専門性或いは公的資格の有無、程度及び本件雇用契約の内容を勘案すれば、原告がエア・ホステスの採用募集に応募してその試験に合格し、本件採用通知にエア・ホステスとして採用することが明記されていたというだけでは、明示的な合意として職種限定の合意が成立したものと解することはできないことによっても、裏づけられるところである。
(二) したがって、本件雇用契約の締結時に約定されたエア・ホステスについての三〇歳の定年年齢が、その後、三五歳、四五歳、五八歳と順次延長(ただし、三六歳から四五歳までは一年毎の勤務延長)され、職種別定年制を定めた部分が変更された場合には、これとの関連において本件の職種限定の合意にも影響がありうることは、両者が同一の雇用契約の内容となっていることの当然の結果として、容易に肯認されるところである。エア・ホステスの定年年齢が三〇歳から五八歳まで順次延長され、これに伴って、原告の勤務可能な期間が本件雇用契約当初の八年から現在の三六年へと大幅に伸張したにもかかわらず、本件の職種限定の合意のみが何らの変更もなく効力を維持するものと解することは、もともと、本件の職種限定の合意は、業務内容の特殊性、専門性或いは特別の公的資格のいずれをも基礎とするものでないこと、雇用契約においては、一般的に、継続的法律関係として契約締結後の事情変更による影響を避けられないものであることを指摘するまでもなく、妥当ではないからである。
そして、本件採用時において、エア・ホステスの定年年齢が一般従業員のそれと同様であると仮定した場合に、原告の職種をエア・ホステスに限定する旨の職種限定の合意が成立したであろうことを認めるべき事情のないことは、前記のとおりであるが、更に、この事情をも踏まえて、エア・ホステスの定年年齢を三〇歳とする職種別定年制のもとで成立した本件の職種限定の合意をその定年年齢が五八歳まで伸張した現在の法律関係のもとで事後的に評価した場合においても、それは、せいぜい当初の定年年齢である三〇歳か又はこれに近接する当分の期間について原告の職務をエア・ホステスに限定する趣旨のものとして効力を認めうるのみで、本件雇用契約の締結時から五八歳の定年年齢に達するまでの全期間にわたって効力を有する趣旨のものと解するのは相当でないというべきである。
したがって、原告の年齢が四五歳を超え、かつ、本件雇用契約の締結時から二三年を経過した後にされた本件配転命令当時には、雇用契約締結当初に成立した職種限定の黙示的な合意は、既にその効力を失い、本件雇用契約の内容にはなっていなかったと解するのが相当である。
なお、本件では、エア・ホステスの定年年齢を三〇歳と定めた職種別定年制そのものが公序良俗或いは全従業員の定年年齢を五八歳とする被告日本支社の就業規則に反し無効であると解する余地がないではないが、仮にそのように解した場合には、エア・ホステスの定年年齢は一般従業員のそれと同様の扱いを受けることになるので、同一の雇用契約においてされた職種限定の合意にも影響があるのは当然であって、職種別定年制の帰趨とは関係なしに、職種限定の合意のみが効力を存続するものと解することはできない。
(三) 仮に、前項で説示したような解釈を採りえないとしても、職種限定の合意は、労働力に対する使用者の包括的処分権に基づいて認められる配転権限に対する例外的な制約をなすから、黙示的に成立した本件の職種限定の合意が定年年齢の延長による雇用契約内容の変更の都度そのまま維持されて存続しているといえるためには、少なくとも、定年年齢の延長に際して、労使双方が従前の職種限定の合意をそのまま引き継ぐことに明確な異議のないことが必要であると解される。
そこで、エア・ホステスの定年年齢の延長と職種限定の合意との関係について検討するに、被告は、一九八二年(昭和五七年)二月現在のサービス・レギュレーションにおいて、エア・ホステスの定年年齢を三五歳とするとともに、「エア・ホステスは、医学的に健康である場合に限り、マネージング・ディレクターの選択により、定年後も一〇年間は一年毎に搭乗勤務を延長することができる。」として、一般的に、三五歳を超えたエア・ホステスには、当然には搭乗勤務を認めないとの意思を表明したこと、一九八九年(平成元年)九月一一日付けの第一回目の配転命令において、原告(当時の年齢は四四歳)に対し、本件で問題となっているのと同じパブリック・リレーションズ・アシスタントとして勤務することを命令したこと、もっとも、エア・ホステスは五八歳まで勤務することが許容されるべきであるとのインド政府の決定を受けて、一旦は原告をエア・ホステスに再配転したが、その約四か月後である一九九〇年(平成二年)二月二二日には、原告に対し、「エア・ホステスの定年年齢は五八歳まで延長されるが、エア・ホステスとしての搭乗勤務は、これまでと同様、四五歳で終了する。」旨を通告し、平成二年三月四日付けで本件配転命令を発したこと、そして、全エア・ホステスに対し、本件配転命令後の一九九〇年(平成二年)三月二三日付けの回覧状により、①この回覧状の前後に任命されたすべてのエア・ホステスは、五八歳に達した時点で退職する、②エア・ホステスは三五歳まで搭乗勤務を要求されるが、この年齢は、健康であることを条件として(二年毎の健康診断が必要)四五歳まで延長される旨を通知し、更に、同年一一月二日付けの回覧状により、③四五歳で定年退職しなかったエア・ホステスは、適当と思われる地上での事務職が与えられる旨を通知したことは、いずれも、第二の二3、4でみたとおりである。
これらの事実を総合してみれば、被告は、職種限定の黙示的な合意を含む本件雇用契約において約定された原告の三〇歳の定年年齢が到来した後である昭和五七年二月以降においては、エア・ホステスの定年年齢を順次延長する一方で、一般的又は個別的に、エア・ホステスとしての職種限定を認めない意思を繰り返し表明してきたことになるから、少なくとも、原告に対して本件配転命令を発した平成二年三月四日の時点では、本件採用時に成立した職種限定の黙示的な合意は、定年年齢の延長による雇用契約内容の変更に際してそのままには引き継がれず、本件雇用契約の内容にはなっていなかったものと解するのが相当である。
(四) ところで、前記(二)(三)で述べたところに関しては、被告が一九八九年(平成元年)一〇月三〇日に原告に交付した同月二七日付け再配転の通知において、「エア・ホステスの定年年齢が五八歳に変更され、この定年年齢は原告に適用される。」と記載し(<書証番号略>)、また、同年一一月三〇日付けで東京支社長が原告にあてた手紙においては、「すべてのエア・ホステスの定年年齢は五八才まで延長された。」と記載している(<書証番号略>)ことが問題となるが、前記(一)の事実及びエア・ホステスの定年年齢の延長と職種限定の合意とは本来的に別個の問題であることとの関連でみると、これらの記載は、エア・ホステスとしての勤務をそのまま継続した場合における定年年齢を五八歳に延長することを示したのみで、原告の職務をエア・ホステスに限定したうえで五八歳まで勤務することを約定したものとは解されないから、右記載のあることは、上記認定の妨げとはならない。
また、被告が、エア・ホステスは五八歳まで勤務することが許容されるべきであるとのインド政府の決定を受けて、原告を第一回目に配転したパブリック・リレーションズ・アシスタントからエア・ホステスに再配転したのは、インド政府の決定から再配転までの期間、再配転通知の内容及びその後の被告の対応等を勘案すれば、原告が配転命令の効力を争って地位保全の仮処分を申請していたことを踏まえた取りあえずのもので、インド政府の決定の趣旨やこれが本件雇用契約に及ぼす影響を考慮したうえでされたものではないことが窺われるから(被告は、一九八九年(平成元年)一〇月二七日付けの再配転通知の三項において、エア・ホステスの定年年齢の五八歳への変更を実現するために関連する規則やガイドラインの改定手続中であると述べ、本件配転通知においては、それが右再配転の通知書に続くもので、被告の再検討によるものであることを述べている。<書証番号略>)、右再配転の事実をもって、被告が、五八歳の定年年齢に達するまで原告の職務をエア・ホステスに限定することを約定したものと解することはできない。
4 以上によれば、被告は、本件配転命令を発した平成二年三月四日の時点では、いずれにせよ、本件雇用契約上、契約締結当初の職種限定の合意に拘束されることなく、原告に対して配転を命じうる権限を有していたことになるから、本件配転命令が本件雇用契約に違反して無効であるということはできない。
なお、原告は、被告日本支社の就業規則に配転規定が存在しないことを問題とするが、配転命令の根拠は個々の雇用契約にあるのであって、必ずしも就業規則等に根拠がなければならないものではないから、被告日本支社の就業規則に配転規定がないからといって、配転命令が認められないことにはならない。
二配転命令権の濫用について
1 使用者が労働者に対して配転を命ずる権限を有する場合であっても、配転命令権の行使が濫用にわたる場合には、当該配転命令は無効となるので、以下において、本件配転命令権の行使が権利の濫用にわたり無効であるかどうかについて、検討する。
2(一) 成田営業所における接客業務の現状(<書証番号略>、原告本人、被告代表者グプタ)
(1) 海外旅行の普及に伴って、インドへの旅行者数は増加しつつあり、最近三年間の被告の成田=インド便を利用した旅客数は、昭和六二年四月一日から昭和六三年三月三一日にかけて一万〇〇二七人、昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日にかけて一万一七七三人、平成元年四月一日から平成二年三月三一日にかけて一万五八二二人と、約1.6倍の伸びをみせている。
(2) 被告東京支社は、成田営業所と東京千代田区内の東京支社事務所から成る。そして、被告の成田営業所における業務は、空港長(一名)のもとに、①パッセンジャー・トラフィック(旅客課、空港長補佐を含み三名)、②航空貨物を担当するカーゴ・ハンドリング(貨物課、三名)、③フライト管理部門であるオペレーション(運航課、一名)、④機上職関係のケータリング(客室課、一名)、⑤機体整備関係のメンテナンス(整備課、一名)の各部門から成り、成田空港における接客業務については、パッセンジャー・トラフィック部門担当の男性三名と空港長一名の合計四名が遂行している。
被告は、平成元年一〇月、東京支社の通信部門から一名を臨時にパッセンジャー・トラフィック部門に派遣した。なお、同部門を担当していた三名の職員のうち、空港長補佐一名が平成二年一二月三一日に定年退職する予定となっていた。現在では、右空港長補佐が退職し、空港長を含む四名の職員により同部門の業務が遂行されている。
(3) 被告は、パッセンジャー・トラフィック及びカーゴ・ハンドリング各部門の業務について、日本航空との間で地上業務取扱契約を締結し、出発及び到着便関連の業務の一部を委託している。その業務委託の対象は、被告の乗客及び手荷物の処理などに関する定型的・機械的な地上業務であって、責任ある判断を必要とする業務は含まれていない。したがって、日本航空は、パッセンジャー・トラフィック部門の重要な職務である事故(未着、破損等)手荷物の処理などのトラブルの処理については、被告のパッセンジャー・トラフィック部門の監督下にあって、その個別の指示に基づいて、業務を遂行するにとどまる。
(4) パッセンジャー・トラフィック部門の業務内容は、フライトのある日(日曜、水曜、木曜及び土曜日)とない日(月曜、火曜及び金曜日)で異なる。フライトのない日は、週休をとっている職員以外の人員でテレックスの処理、荷物に関する補償請求、紛失荷物の追跡調査・処理、請求書の調査などの処理に忙殺される。フライトのある日は、到着便、出発便関連の業務を行うが、増加傾向にある乗客の接遇、種々の書類の作成及び手荷物の処理等を遅滞なく行うことは、到着便と出発便の時間間隔が余りないこと及びこれらの業務が乗客の入出国時に集中することもあって、困難な状況にある。更に、到着便関連では、不法乗継客及び上禁者(不法入国の疑いのため入国管理事務所で入国を拒否される者)が増加の一途をたどっている。上禁者については、各フライト毎に発生するという状況にあり、一人でも発生すると、送還手続のため職員一名がかかりきりになる。また、出発便関連では、被告機も関連して発生した爆発事件が契機となって、乗継手荷物の特定及び目視確認、乗継客の身体検査及び手荷物検査などの新たな業務が加わってきた。こうした本来の旅客業務以外の不法入国及びテロ対策関連業務が被告のパッセンジャー・トラフィック部門の大きな負担となっている。
(5) 各航空会社にとって、要人や得意客に対する接遇は、営業上重要な業務であるため、日本航空、シンガポール航空及びノースウエスト航空などの各航空会社においては、要人や得意客に対する特別の接遇を行う女性職員を配置している。また、被告も、ボンベイ、デリー、カルカッタ、マドラス、ロンドン、フランクフルト及びニューヨーク等の営業上の重要な拠点において、本件職務と同様のスペシャル・サービス・ユニットという名称の接客専門の女性職員を配置している。
成田空港における被告の到着便・出発便にも、四、五名から一〇名くらいの要人、得意客が常に搭乗しており、これらの要人や得意客に対する特別の接客業務は、パッセンジャー・トラフィック部門が担当すべき職務とされているが、前記のとおり、旅客便の運航に直接関連する業務を大量に抱えているうえ、人手不足のため、これまでは不十分な体制にあった。そこで、成田空港の重要性が増大するとともに、要人や得意客に対する特別な接客業務を充実させるため、これを専門に担当する接客業務に熟練したスタッフを配置することが懸案とされていた。
(6) 他の航空会社は、接客業務を専門に担当する女性職員を配置していたが、被告は、成田営業所に接客業務を専門に担当する女性職員を配置していなかった。しかし、被告は、海外旅行の普及に伴う旅客層の拡大により増加しつつある老人、女性及び子供客に対する接客サービスを充実するため、女性職員を配置することが望ましいものと考えていた。
(7) 被告は、以上の諸事情から、成田営業所におけるパッセンジャー・トラフィック部門の業務の遅滞を改善するとともに、更に充実した接客サービスを提供するため、成田営業所において、第二の二5に列挙した業務をその内容とする本件職務を新たに設ける必要に迫られていた。
(二) 被告が原告を人選した経過(<書証番号略>、原告本人、被告代表者グプタ)
(1) 本件職務に登用すべき人材について、被告は、当時のパッセンジャー・トラフィック部門においては、前記のとおり、熟練した接客要員である空港長補佐が退職する予定になっていたため、この欠員を埋める者は、接客に関する豊富な知識・技能を持つ即戦力たりうる職員でなければならないものと判断していた。また、被告は、本件職務の内容が要人や得意客の特別の接客業務、老人、女性及び子供客に対するより親切で丁寧な接客サービスの提供という点からすると、接客に関する豊富な知識・技能を有するのみならず、英語に堪能で、インドについての諸知識を十分に有する女性職員でなければならないと考えていた。
(2) しかし、被告の成田営業所においては、人員不足で手一杯の状況にあり、本件職務に充てられる人材を求めることはできなかったうえ、前記のとおり、女性職員による接客サービスの提供という点からすると、男性である同営業所の職員の中から選抜することは好ましくなかった。また、被告は、豊富な接客経験、一定の英語の能力及びインドについての知識を有している者となると、被告の東京支社事務所の事務職員はもとより、営業職として勤務している職員の中にも適任者はいないと判断した。
(3) 被告の日本人エア・ホステスの人数は、過去一〇数年間、八名から一一名の間で推移してきた。本件配転命令当時は、日本人エア・ホステスは原告を除くと八名体制であり、その後、平成二年七月、三名を新規採用し、更に四名が退職したため、現在は七名体制である。右の日本人エア・ホステスの増員は、大阪=インド間のフライトを週二便増加する予定があったため新規採用したもので、結局、このフライトは実現せず、増員した右の三名は、しばらくの間余剰人員となった。そして、現在の七名体制でも、各エア・ホステスが9.14回のフライト、平均搭乗時間数六〇時間一〇分(一か月の乗務時間の上限は八〇時間)の勤務を行うことによって、成田=インド間の航空便のすべてに日本人エア・ホステスを一名搭乗させる体制を敷くことが一応可能である。ちなみに、成田=インド間を結ぶ航空便を有する競争会社として、シンガポール航空及びタイ航空があるが、前者はシンガポール=インド間、後者はバンコク=インド間を日本人エア・ホステス不在で運航している。
(4) 原告は、昭和四七年にチェック・エア・ホステス、昭和六〇年にシニア・チェック・ホステスに昇格し、日本人エア・ホステスの中では最高の地位にあり、二五年にわたるエア・ホステスとしての経験により培った接客に関する高度の知識及び技能、語学能力、インドに関する諸知識を有していた。
そこで、被告は、原告がエア・ホステスとしての勤務年限である四五歳に達した後も、原告を地上職に配転することによって、原告の有するこれらの知識及び技能を生かすことが、被告にとって有用であると判断し、この機会に本件職務を新たに設けて、これに充てるべき人材として、原告を人選し、原告が四五歳に達する直前である平成元年九月一一日、原告を本件職務に配転した(第一回目の配転命令)。
(5) 原告は、右配転命令を拒否し、地位保全仮処分を申請したところ、インド政府が、一九八九年(平成元年)一〇月一六日、被告のエア・ホステスは五八歳まで勤務することが許容されるべきであることなどの男女差別の撤廃を決定したことから、被告は、一旦は、原告をエア・ホステスに再配転した。
(6) 被告は、インド政府の勤務延長に関する決定について、延長された雇用期間については、エア・ホステスとしての職種限定の効力は及ばないとの解釈のもとに、成田営業所が原告を必要としている状況をも考慮して、原告に対し、四五歳で搭乗勤務を打ち切る旨を通知し、原告を再び本件職務に配転した(本件配転命令)。その後、被告は、エア・ホステス全員に対し、一九九〇年(平成二年)三月二三日付け回覧状により、定年年齢は五八歳であるが、エア・ホステスとしての搭乗勤務は三五歳までで、一〇年間の延長が可能であるが、四五歳を過ぎてからは搭乗勤務ができない旨を通知し、更に、同年一一月二日付け回覧状により、四五歳に達して退職の選択をしないときは適当と思われる地上での事務職が与えられる旨を通知して、今回の定年延長に対する方針を明からにした。
3 業務上の必要性について
(一) 前記2(一)の事実によれば、被告においては、本件配転当時、成田空港での接客業務の量的な拡大傾向にもかかわらず、それに対応すべき人員が不足しているという状況にあったこと、接客業務の質的な面においても、要人及び得意客に対する接客業務、子供、老人客などに対する対応が不十分な体制にあり、その向上を図る必要があったことが認められるから、接客業務の維持・向上対策として、成田空港において接客業務に専門的に従事することを内容とする本件職務を新たに設けたことの業務上の必要性を是認することができる。
そして、前記2(二)で認定した人選の経緯に照らせば、エア・ホステスとして長年の経験によって培った接客に関する知識及び技能を考慮し、本件職務に充てるべき人材として、原告を人選したことについても、合理的なものであるということができる。
(二) これに対し、原告は、日本人エア・ホステスは人員不足の状況にあったと主張するが、前記2(二)(3)の事実に照らせば、本件配転命令当時において日本人エア・ホステスが人員不足の状況にあったと認めることはできない。もっとも、被告の成田=インド便に日本人エア・ホステスの代替要員を置くことができなかったばかりか、右航空便に日本人エア・ホステスを搭乗させられない便が一部で発生したことが認められるが(<書証番号略>)、仮に、これが日本人エア・ホステスの人員不足に起因するものとしても、被告における日本人エア・ホステスの人員体制をどのようにするか、成田=インド間を結ぶ航空便に必ず日本人エア・ホステスを搭乗させるか、それとも日本人エア・ホステス不在で運航するかは、被告の経営判断に委ねられた事項というべきであるから、日本人エア・ホステスが人員不足の状況にあったからといって、本件配転命令の効力に影響があるとまではいえない。
また、原告は、外国航空会社において、欠員が生じた場合には経験者を中途採用するのが通例であり、被告の東京支社の職員を本件職務に配転することも可能であると主張する。しかし、前者については、本件職務の人材を配転によって社内から求めるか、新規採用又は中途採用によって社外から求めるかについては、経営判断に基づく被告の裁量に属するものというべきである。また、後者についても、被告は、他の主要空港における本件職務と同様の職務内容の職種に、被告のパッセンジャー・トラフィック部門(旅客課)ないし予約課の職員をもって充てていることが窺われるが(<書証番号略>)、前記2(二)(1)及び(2)の事実によれば、被告東京支社において、事務職或いは営業職に従事している職員を本件職務に適任でないとした被告の判断を直ちに不合理であるということはできない。したがって、原告の右主張は採用することができない。
更に、原告は、画一化・標準化された地上業務よりもエア・ホステスの業務の方がより重要であり、本件職務の業務内容は地上職員が担当している通常業務であるから、長い経験を有するエア・ホステスを配転してまで従事させる業務ではないと主張する。なるほど、エア・ホステスは、各航空会社の接客サービスの最先端にあり、その客室サービスが航空会社を選ぶ際の重要な選択基準の一つになっていることも首肯できるところであるが(<書証番号略>)、他方で、航空会社の業務は地上業務を除いて機上業務だけで成り立ちうるものではないから、地上業務がいかに画一化・標準化されたものであったとしても、被告にとって地上業務を軽視できないことは当然のことである。しかも、前記2(一)(5)及び(6)の事実によれば、各航空会社は、航空会社間の熾烈な競争に打ち勝つため、地上における接客業務においても、画一化・標準化された接客業務に甘んずることなく、自社の接客サービスの質の向上、個性化を図り、他社との差別化に努力していることが窺われる。したがって、被告が、営業政策上、他の航空会社に追随して地上における接客業務の充実、発展を企図して、本件職務を新たに設け、エア・ホステスとして長い経験を有する者をこれに充てることをもって、不合理な措置であるということはできない。また、本件職務は、旅客を対象とする接客業務であるという点でエア・ホステスの業務と本質的に異なるものではなく、原告がエア・ホステスとしての長い経験により培った知識・技能をそのまま活用できるもので、その業務内容も第二の二5のとおりであって、原告が有する接客に関する高度の知識・技能の維持、発展を阻害したり、また、被告の勤労意欲を損なうようなものということもできない。したがって、原告の右主張は採用することができない。
(三) そうすると、被告が、本件職務を新たに設け、本件職務に充てるべき人材として原告を人選したことは業務上の必要性があったものと解するのが相当である。
4 本件配転によって原告の受ける不利益
(一) 原告は、本件職務に従事することによって、外地手当を奪われ、月額にして五万円の経済的不利益を受けると主張する。
原告が本件職務に就いた場合、エア・ホステスに支給されていた外地手当が支給されなくなることは、当事者間に争いがない。しかし、外地手当は、もともと、エア・ホステスが外地で滞在するときの必要経費の実費負担分としての性格を有するものと解されるから、外地手当が支給されなくなることをもって経済的不利益ということはできない。そして、原告が本件配転以前にエア・ホステスとして支給を受けていた賃金総額は、外地手当を除くと、四八万一八三八円であったところ、本件配転命令にあたり、本件職務に対する賃金として提示された総額は、四八万四一〇〇円であるから(<書証番号略>)、原告は、本件配転によって何ら経済的不利益を被るものではない。したがって、原告の右主張は採用することができない。
(二) また、原告は、本件配転によって、通勤上、生活上の著しい不利益を受けると主張する。
原告は、本件配転命令にあたって、被告から午前七時三〇分までの出勤を命じられたが、東京都杉並区下高井戸にある自宅から成田空港まで通勤すると、その所要時間は二時間三〇分から三時間であって、通勤上の困難が著しいこと、到着便が遅延した場合には、帰宅時間がかなり遅くなることがあること、通常の場合でも、地上職はエア・ホステスより出勤時間が早くて、退勤時間が遅いこと、これに対し、原告がエア・ホステスとして成田営業所に出頭していたのは月二、三回程度にとどまり、タクシー利用も不可能ではなかったことが認められる(<書証番号略>、原告本人)。
しかし、被告東京支社は、東京都千代田区内の事務所と成田営業所のみから成るのであるから、本件配転に伴って生ずる右のような不利益は、被告に勤務する原告にとって、全く予想外の事態であるということはできない。のみならず、被告は、第一回目の配転にあたり、原告に対し、通勤上の問題については、パブリック・リレーションズ・アシスタントとして勤務を開始した後に、検討を加え同情をもって考慮の対象とする旨を表明したが、原告が右配転命令に従うことを拒否し、本件配転にあたっても、説明の場を設けたが原告が出頭しなかったことから、この点に関する具体的な話合いが進展しないまま今日に至ったことが認められる(<書証番号略>)。したがって、これらの諸事情を考え合わせれば、本件配転命令により受ける通勤上の不利益は、十分に解決の可能なものというべきであるから、これをもって、本件配転命令が配転命令権の濫用にあたる事情とすることはできない。
5 不当な動機・目的
原告は、インド政府による定年延長の決定が原告のエア・ホステスとしての定年年齢の延長であることを前提にして、本件配転がインド政府による決定を空洞化するという不当な動機・目的を持つものであると主張する。
しかし、第二の二3(五)のとおり、インド政府による勤務延長の決定は、エア・ホステスという職種の勤務年限を男子の同僚と同等の五八歳に延長したにとどまり、その決定時にエア・ホステスの地位にある個々の労働者が五八歳までエア・ホステスとして勤務しうることまで保障したものとはいえないし、まして、右決定が個々の雇用契約に根拠を置く配転命令権を左右する効力を有するものとは認められないから(<書証番号略>)、本件配転がインド政府による勤務年限延長の決定を空洞化する不当な動機・目的を持つものということはできない。
6 以上のとおりであるから、本件配転命令が権利濫用として無効であるとする原告の主張は、すべて理由がない。
三結論
以上によれば、本件配転命令は有効であり、その無効を主張する原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官太田豊 裁判官山本剛史 裁判官坂本宗一)